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犬飼 久美子
海の宝石 山の宝石
連続FB小説  「海の宝石 山の宝石」

(おもいつき次第投稿) お楽しみに!
ダブルキャスト! 主人公は
「シナハイナクタキキ姫」 「トコイナクタイイ王子」

1.
古今東西、乳飲み子を育てるお母さんたちが、
こんな話し合いをする事がある。
「うちの子は、目覚めた時が不機嫌」「ウチの子は、寝入る前が不機嫌」
乳飲み子のころに目覚めた時に不機嫌だった子は、母親の世話の手を
離れて大人になっても、「目覚めが不機嫌」だろうか。
乳飲み子のころに寝入る前に不機嫌だった子は、母親の世話の手を
離れて大人になっても、「寝入る前が不機嫌」だろうか。
遠くに離れて暮らす、幼い姉弟、姉の「シナハイナクタキキ姫」は、
不安の小さな玉を左胸に抱えて、その玉が破裂するような感覚で目覚めるので、
「目覚めが不機嫌」である。
弟の「トコイナクタイイ王子」は、目を閉じると眉間を生暖かい暗闇に
覆われるような感覚で、顔をこすったり、ぎゅっと眉間にしわを寄せたりして、
「寝入る前は不機嫌」である。
この姉弟は、乳飲み子のころからかわらず、いつもそうだ。

2.
ふたりの幼い姉弟は、遠く離れて暮らしている。
姉弟だけではない。この姉弟の父である王、母である后も、
遠く離れて暮らしている。家族四人は、東に、西に、北に、南に、
遠く遠く、離れて暮らしている。
王様は子らの成長を見て、指導をしたいだろう、
后様は子らの様子を見て、世話をやきたいだろう、
子らは、父の姿を見て、安心したいだろう、
子らは、母のぬくもりにつつまれ、安心したいだろう、
なんて気の毒な王様家族だ、と多くの民の家族は思うだろう。
家族は同じ目標を持ち、協力しあうために共に暮らして、
互いの幸福を思いあう方が、良いと多くの民の家族は考えているから。
ところが、王族が持つ目標は、
「全世界にあまねく幸福を追求」すること。
そして、その宿命を背負うための能力が備わっている。
その能力とは、「以心伝心」である。
心でもって、心を伝える。
もともと「心」とは、実体をもたないものである。
実体のないもの同士には、距離も存在しないのである。
王族の四人は、以心伝心の能力で協力しあい、
目標である「全世界にあまねく幸福を追求する」ため、
それぞれが、できるだけ遠くに暮らしていた方が良いのである。
以心伝心でもって、寝入る前の弟の不機嫌が、
姉の心を穏やかな海のように広くし、ゆりかごのリズムを弟に送り、
目覚めの姉の不機嫌が、弟の心を幹の太い樹木のように強くし、
安らかになれる空気を姉に送る。
離れて暮らす二人の心細さが、この二人の心を鍛えあっているのだ。

3.
実体をもたない「心」と「心」との間には、距離は、存在しない。
だとすると、時間の隔たりも、存在しないのか、
それとも、実体の持つ時間の流れにより沿いながら、水のように
氷のように水蒸気のように、自由自在なのだろうか。実体を持つ身には、
どうかはわからない。
もしかしたら、それを「今すぐ知りたい」という衝動に張り付かれると、
「ね、聞こえていますか?」
「シナハイナクタキキ姉姫、聞こえていますよ。」
「トコイナクタイイ弟御子は、どのように考えますか。」
「今の、お話は、今は、考えてもわからない、というお話ですね。」
「眠たくなりましたか。」
「考えがなくなりました。おやすみなさい。」
「夜気の中に、何かちがう温度や色のある空気が漂っているのを見て、
これが、誰かの心なのでしょうかと、たとえてみました。おやすみなさい。」

4.
日光が射し明るくなる直前の,朝の冷気の中で、
背中が強張っている時は、特に心臓の圧迫感で目覚める。
こぶしを握った大きさほどに感じる不安感と恐怖感ではあるが、
シナハイナクタキキ姉姫をおびえさせて、姫は声をもらす。
「シナハイナクタキキ姉姫、お水を飲んでください」
「ありがとう、だんだん寒くなると、どんどん強張ってきますね」
「アキカラフユヘ」という香りの水を、いただきます。
迷迭香(まんねんろう)(ローズマリー)  Rosmarinus officinalis L.  
生姜(しょうが) (ジンジャー)     Zingiber officinale
月桂樹(げっけいじゅ)の葉 (ローリエ) Laurus nobilis L.
肉桂(にっけい)の樹皮 (シナモン)   Cinnamomum zeylanicum
唐辛子(とうがらし) (カイエンペッパー) Capsicum. annuum
昨晩、煎じてさましたものです。
体があたたまりました。トコイナクタイイ弟御子、みなさんもこのような苦を、
感じているのでしょうか?」
「そうかもしれないですね」
「では、煎じ水のかわりに、香を焚きましょう。高い場所で焚きましょう。
遠くまで届くように。香木とスパイスを加えましょう」
「元気が出ましたね、シナハイナクタキキ姉姫、毎朝おつらいのでしたら、
この石を両手に握って眠ってみては、どうでしょう」
その石は、

5.
純度を究めて、研ぎ澄ますための悠久の時間の中に、
短い、たとえば爆発のような急激な変化の時間、
爆発の後は混沌と存在する時間、
それぞれの性質相互秩序にもとづいて動いていく時間、
そしてまた純度を究めるためのゆっくりとした時間にもどっていく。
石に意志があるとは思われない。意識もないであろう。
でも、組成成分それぞれの、重力や圧力や温度などの環境からの感受性が違う、
その違いを「性質」とよぶが、相互に影響し合いながら、環境を読み取りながら、
いきたいところにいこうとする「意志」をもっているともいえないだろうか。
生物には耐えぬくことができないような過酷な環境と、悠久の時間とを賭けて
創出した「いし」は、様々な色、様々な形を成し、人間の暮らしに利用される石もある。
中でも、「宝石」とよばれる石は、ことさら人の心を惹きつけて、行きたい場所へ
行こうとする強い意志がある。その意志の最終目標は何だろうか。最終はなく、
永遠なのかもしれない。
少なくとも、生物の意識では測れない、遠大で悠長な「いし」なのであろう。
「シナハイナクタキキ姉姫、この黒い石が良いでしょう。
純度を高める経過中の石です。これを両方の手に握って、眠ってください。」
「ありがとう、トコイナクタイイ弟御子の石は、どんな石ですか?」
「私が持ち歩いている石は、この波模様の丸い白い石です。中は晶洞に
なっているはずです。中に意識を入れて、どのようになっているか想像する
楽しみを持ち歩いています。」
「そうですか、中に入れるのですね。ゆっくりとした時間を持っているのですね。」

6.
王の身体は光でできているのだろうか、光の中では見ることができない。
常に無影灯に曝されて、形を見ることができない、ということなのだろうか。
闇の中では影がないように、光の中では光の存在は、あるのかないのかわからない。
王という存在は、あるのかないのか、一人なのか二人なのか、
それとも、光の数というほど数多な存在ということなのか。
光を分析して、探究して、何か特別なことを知りえたとしても、
「王と出会う」という感覚的な確信を得ることはできないであろう。
姿も不明、言葉も持たないご神木を、深い森の中で探し出すように、
自分の中の何かに、王の存在の何かが呼応した時、
王の存在を感じることができる、ということなのだろう。

7.
炎に包まれ燃えていくもの、炎はものの存在の時間を加速させる。
それをみつめる目の奥で時間は凍結するかのようにゆっくり停止する。
恐怖、不安の感情とともに塊となる。どれだけの時間と共に過去へと
遠ざかっていっても、何かのはずみで恐怖、不安の感情の刺激がはいると、
それは、一瞬で解凍されて鮮やかに再生される。
炎の前では、私たちは必ず祈らなければならない。
そしてまた、解凍されて再現する恐怖、不安にさえも支配されないように
するためにも、祈らなければならない。真摯に祈る。一心に祈る。
長い長い息を吐きながら、おへそのあたりに力を集めて、祈る。唱える。
王や、王妃が遠く離れ、それぞれに住まう城は、町の一番高いところにある。
その城の、町を見下ろす高い壁の辺縁に設置した金属製の大きな大きな香炉に
火をくべて、白い煙と、植物の木の皮、根、果皮、花、葉、茎、などの薫香とを、
町に漂わせて、祈る。一心に。毎朝の王と王妃との日課である。
王と王妃、私たち一人ひとりの心の中に、何人も何人も存在している。
私たちの心の外、植物の種類程の数、宝石の色の数、雲の形程の数、雨粒の数、
踊る炎の火の粉の数ほど、数えきれないほどの数、存在している。
私たちは、真理を知りたいようで知りたくないようで、話してみたいけれど、
話さないように、気づかないようにしているだけなのかも知れない。

8.
「Words,Don't come easy.」
言葉を吐くことは、箒で掃くことと似ている。
はいたところに道ができる、
はいたところが空になる。
はいていないところが饒舌に語りだす。
はいていないところが豊饒で潤沢になる。
どうしよう。
わかりあおうとしないところが、
もっとも、わありあえるところ、かもしれない。
命を宿した物たちの、行きたいところに向かわせてみることが、
もっとも、あるべき形、もっとも美しい姿をあらわすところ、
かもしれない。
策を弄すれば弄するほど、絡み合って醜くなる、
かもしれない。
自然の体が劇的に展開する季節は、
観客でいることが、もしくは観察者でいることが、
もっとも具合よく参加できるところ、
かもしれない。

9.
「かの姫は、行き交う旅人を、闇の世界へも光の世界へも導く魔力を宿す声を代償に、
己の思いを遂げようとした。言葉を失ったのですね。
ところが、言葉を失くしたことで大いに己の思いを表すことができたのですね。」
「そうですね、言葉は、三つあれば足ると思いますよ。」
「三つあれば、旅ができますか?」
「そうです。三枚の切り札です。毎日何度も切っても、切っても減らない
切り札ですよ。」

 つづく

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